日進高校

22 : 日進高校統廃合(事実上の廃校)希望 2013/04/04 22:52
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愛知県立日進高校は、将来的には他施設への転用も考慮して
1978年に暫定的に作られた高校だった 。

周辺市町村の中で、唯一高校が無く
(長久手・豊明・東郷・三好には、既に高校があった)
早く高校が欲しかった日進市(当時は日進町)と
生徒急増期に至急の対応を迫られた愛知県の思惑が一致して
交通の至便な場所には、高校の用地の手当てが
当時は、殆どついていなかったにもかかわらず
豊田市との境の、交通の便の悪い丘陵地
(ほとんど山の中)を造成して
1978年に無理矢理愛知県立日進高校を開校させてしまった。

しかしながら、日進市では最初の県立普通科高校ということもあって
町内の中学から、比較的優秀な生徒を日進高校に送り込み
また生徒急増期で、なおかつ公立普通高校のステータスが
今より高かったので、名古屋市や、その他の市や町からも
(主に天白高校受験予定を変更した)
中堅レベルの生徒が入学してきた。

だが、名古屋市境の赤池駅そばに
交通の便のかなり良い場所(池を埋め立てたそうだ)に
急遽校舎の建築許可が降りたので
暫定的存在ではない、同じ普通科の愛知県立日進西高校が
1983年に、慌ただしく開校することとなった。

そして日進高校ではなく、日進西高校に
日進市内の中学から かなり優秀な生徒が送り込まれることとなった

その後、日進高校は、1989年(平成元年)の複合選抜導入後
併願校の組み合わせに恵まれず
(当時は東郷・豊明・日進西のどれとも組めなかった)
また少子化や私立高校の躍進も重なりあって
愛知県立日進高校は瞬く間に凋落していった。
(もっとも日進西高校設立直後から
日進高校のレベルダウンは始まっていたとも言われている)

つまり志願者が集まらなかったので、質の良くない生徒でも入学でき
徐々にその生徒達が、高校の評判を落としていって
その結果として、ますますボーダーが低くなり
更に質の悪い生徒が集まる...という悪循環が
愛知県立日進高校に起こってしまったのです。
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