姫路西高校
バンカル30号長谷川集平のエッセイ
長崎に住んでいると、年中観光客や修学旅行の群れとすれ違う。
全国の言葉が聞けるし、外国語で道を尋ねられることもある。
姫路からの修学旅行は、全員目立つ腕章をしていたり、何か独特の
団体行動のなさけない雰囲気が漂っていて、遠くからみてもすぐにわかる。
姿勢の悪いグループがつまらなそうに日暮れの坂を歩いている。ぼくは、
彼らの後をこっそりつけて行くことがある。二百メートルほど黙ってついて
行って、どこかの曲がり角でくるりと帰ってくる、
ちんちん電車に、声変わりしかけの播州弁がどっと乗ってくれば
「おっちゃんも姫路出身なんやで」と声をかけたくなる。結局何も言わずに
吊り革につかまって揺られている。
本当に姫路で思春期を過ごした者にしかわからない「独特のなさけない雰囲気」
がぼくにはたまらないのだ。
その雰囲気はわが身の深くに染みついている。姫路を出た後の人生で、
それがむしろ邪魔だったことの方が多かった。コンプレックスを克服するのに、
ひどく時間がかかった。なぜ大事な時期に子どもたちをいじけさせるような
教育環境しかないのだろう。なぜどんな所でもひとりで胸を張って歩けるように
してやれないのだろう。
ぼくは姫路から来た子どもたちを、いつしか、ひいきしたくなっている。
ひとりひとり抱きしめたくなっている。自信を持てよ、大きく生きろよ、
と言いたくなっている。
長崎に住んでいると、年中観光客や修学旅行の群れとすれ違う。
全国の言葉が聞けるし、外国語で道を尋ねられることもある。
姫路からの修学旅行は、全員目立つ腕章をしていたり、何か独特の
団体行動のなさけない雰囲気が漂っていて、遠くからみてもすぐにわかる。
姿勢の悪いグループがつまらなそうに日暮れの坂を歩いている。ぼくは、
彼らの後をこっそりつけて行くことがある。二百メートルほど黙ってついて
行って、どこかの曲がり角でくるりと帰ってくる、
ちんちん電車に、声変わりしかけの播州弁がどっと乗ってくれば
「おっちゃんも姫路出身なんやで」と声をかけたくなる。結局何も言わずに
吊り革につかまって揺られている。
本当に姫路で思春期を過ごした者にしかわからない「独特のなさけない雰囲気」
がぼくにはたまらないのだ。
その雰囲気はわが身の深くに染みついている。姫路を出た後の人生で、
それがむしろ邪魔だったことの方が多かった。コンプレックスを克服するのに、
ひどく時間がかかった。なぜ大事な時期に子どもたちをいじけさせるような
教育環境しかないのだろう。なぜどんな所でもひとりで胸を張って歩けるように
してやれないのだろう。
ぼくは姫路から来た子どもたちを、いつしか、ひいきしたくなっている。
ひとりひとり抱きしめたくなっている。自信を持てよ、大きく生きろよ、
と言いたくなっている。
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